東京地方裁判所 昭和29年(ワ)8778号 判決 1955年4月14日
原告 田村寛一郎
被告 田中誠佶 外一名
主文
被告田中石炭株式会社は原告に対し、金十六万円及びこれに対する昭和二十八年一月二十一日以降その完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告田中誠佶に対する請求を棄却する。
訴訟費用中被告田中誠佶に対する訴状貼用印紙額金千四百九十円は原告の負担とし、その余は被告田中石炭株式会社の負担とする。
この判決は第一項にかぎり、原告において担保として金五万円を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、被告等は原告に対し、各自金十六万円及びこれに対する昭和二十八年一月二十一日以降その完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求の原因として久保田末吉は昭和二十七年十一月十五日、被告田中誠佶に対し、ライラツク号軽自動二輪車一台を代金十六万円で売渡し、この代金債権十六万円を取得した。
而して久保田は昭和二十九年八月二日、この代金債権を原告に譲渡し、この旨同年八月六日に内容証明郵便を以て、被告誠佶宛通知し、この通知は同月八日被告誠佶に到達した。
よつて原告は被告誠佶に対し、代金債権十六万円及びこれに対する代金支払期日の後である昭和二十八年一月二十一日以降、その完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めるのであるが、被告誠佶は本件軽自動二輪車の買主は同被告が代表取締役となつている被告会社である旨抗争するため、久保田は昭和二十九年十一月二十九日付内容証明郵便を以て、被告会社に対しても本件代金債権を原告に譲渡した旨通知し、この通知は同年十一月三十日被告会社に到達したから、念のため、被告会社に対しても、被告誠佶に対すると同一の請求をなすため本訴に及ぶものであると述べ、
被告等の抗弁に対し、第一石炭販売株式会社振出の約束手形を久保田末吉が受領した事実は認めるが、この手形は支払のために受領したものであり、かつ不渡りとなつたのであるから弁済の効力は生じないと述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として被告会社が原告主張の日時にライラツク号軽自動二輪車一台を代金十六万円で買受けた事実及び久保田末吉から原告主張の日時に、その主張の如き債権譲渡の通知があつた事実は認めるが、売主は久保田末吉ではなく、久保田石炭株式会社である。原告その余の主張事実を否認する。
抗弁として、被告会社は昭和二十七年十一月十五日に久保田石炭株式会社に対し同日第一石炭販売株式会社振出、久保田石炭株式会社宛の金額十六万円、満期同年十二月三日、支払地、振出地ともに横浜市中区、支払場所、株式会社帝国銀行横浜支店なる約束手形を弁済に代えて、交付したから、本訴請求にかかる債権は消滅している。その後昭和二十九年八月二日に原告がこの債権を譲受けたとして、被告会社にその支払を請求するのは失当である。被告田中誠佶に原告主張の如き、債権譲渡の通知が到達したことは認めるが、被告田中誠佶は本件ライラツク号軽自動二輪車の買受人でないから、同被告に対する原告の本訴請求は失当である。と述べた。<立証省略>
理由
本件ライラツク号軽自動二輪車の買受人が被告会社であるか、被告誠佶であるかを判断する。
証人久保田末吉、同川島義孝の各証言を綜合すれば、被告誠佶は被告会社の代表取締役であり、被告会社は同人が専ら経営管理していたものであつて、本件取引の相手方久保田末吉はこの事実を知つていたことが認められる。かかる状態の下に被告誠佶が被告会社の営業に関する取引をなした場合には、当事者間に別段の意思表示なき限り、被告会社が取引の当事者となるものと解すべきところ、本件取引が被告会社の営業に関するものであることは弁論の全趣旨から認めることができ、又前掲各証拠によれば久保田末吉は本件取引当時、買主が被告誠佶か、被告会社かをはつきり区別せずに、どちらでも実質は同じである位の気持であつたことが認められ、成立に争のない甲第二号証及び第三号証の一に被通知人として田中誠佶なる記載があるにしても、かかる事情の下では買主が被告誠佶であつたと認めるに足りないし、他に、特に当事者間に被告誠佶を以て買主とする旨の意思があり、その意思の表明せられた事実を認めるに足る証拠がないから、本件ライラツク号軽自動二輪車の買主は被告会社であると認めるのが相当である。
売主が久保田末吉であることは証人久保田末吉の証言から認めることができ、この売買が昭和二十七年十一月十五日に行われ、その代金が十六万円と定められたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二号証及び第六号証の一を綜合すれば、久保田末吉がこの代金債権を昭和二十九年八月二日、原告に譲渡したことを認めることができ、この旨の通知が同年十一月三十日に被告会社に到達したことは被告会社の認めて争わぬところである。
被告会社は昭和二十七年十一月十五日に、久保田石炭株式会社に対し、同会社宛、同日、第一石炭販売株式会社振出、金額十六万円、満期同年十二月三日、支払地、振出地ともに横浜市中区、支払場所、株式会社帝国銀行横浜支店なる約束手形を弁済に代えて交付したから、本訴請求にかかる代金債権は消滅している旨、抗弁するので判断する。
前認定のとおり、売主が久保田末吉である以上、被告会社が久保田石炭株式会社に手形を交付したとしても、それのみでは弁済の効力は生じ得ぬ道理であるから、被告会社の抗弁自体理由がないともいええるのであるが、この点は暫く措き、原告の自認するところに従い、売主たる久保田末吉は手形が交付されたものとして論を進める。被告会社主張の約束手形をその主張の日時に久保田末吉が受領したことは原告の自認するところである。この約束手形の交付により、代金債権が消滅したかどうかを考えて見るに、代金債務に対し、約束手形を交付した場合には特段の事情なき限り、支払のためになされたと解すべく、代金債権と手形債権は並存するものであるところ、証人久保田末吉、同川島義考の各証言を綜合すれば、久保田末吉は、はじめ第一石炭販売株式会社振出、被告会社宛の約束手形を被告会社に裏書して貰う約束であつたのに被告会社は約旨に反し、裏書をなさずに、第一石炭販売株式会社振出、久保田石炭株式会社宛の約束手形の受領方を求めたので、これを一旦は拒絶したが、再三、要求されたので、やむをえず、久保田末吉がこれを受領した事実は認められるけれども、当事者間において、弁済に代えてこの手形の授受がなされたと認むべき特段の事情があつたかどうか明かではないし、成立に争のない乙第一号領収証も、約束手形の受領証にすぎないことは証人久保田末吉の証言により明かであるから、同号証を以て代金債権消滅の証左となすことはできない。又他に手形の授受により代金債権が消滅したと認めるに足りる証拠はないから被告会社の抗弁は理由がない。
この手形金の支払がなされたとの事実は被告会社の主張立証しないところである。
よつて原告の本訴請求中、被告会社に対し、代金債権十六万円、及びこれに対する支払期日の後であること明かな昭和二十八年一月二十一日以降その完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める部分は正当であるから、これを認容すべきであるが、被告誠佶に対して同一請求をなす部分は失当であるから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条第一項、第三項を夫々適用して、主文のとおり判決することにした。
(裁判官 藤井経雄)